序文

2015年オバマ大統領(当時)は、一般教書演説においてPrecision Medicine Initiative を発表した。これは“Average patient”向けにデザインされていた従来の癌の治療法からの脱却を図り、遺伝子、環境、ライフスタイルに関する個人ごとの違いを組み入れた最善の癌の予防法・治療法を確立するものである。新たな癌の治療法開発のほか、研究インフラ整備のための官民連携、医療に関する規制の見直しやデータベースの構築、大規模な研究コホートの創設などを目指すというものである。現在、治療に対する反応性を正確かつ再現性よく判別することのできる客観的指標、バイオマーカーの研究が集中的に行われ、成果が生み出されている。バイオマーカーの目指すところは,薬理作用,治療効果予測,予後予測,モニタリングなど多彩であるが,その最終的な目標は,患者が最善の治療を受け,可能な限り不必要な治療や毒性を回避し、かつ医療経済的にも効果が期待出来るところにある。

2018年12月、本邦において進行・再発ミスマッチ修復機能欠損固形がんに対し、抗PD-1 抗体薬ペムブロリズマブが薬事承認された。2017年5月の米国FDA(Food and Drug Administration)承認に次ぐ世界2 番目の承認である。これは本邦においても‘臓器横断的Precision Medicine の幕開け’を意味する。しかしながら、現時点では十分なエビデンスがあるとはいいがたい部分もあった。したがって、本ガイドラインは、委員のコンセンサスが多く含まれることを考慮して、その位置づけを「暫定的臨床提言(Provisional Clinical Opinion)」とさせていただいた。今回、EvidenceおよびExpert Opinion を最優先し、本邦における薬事承認・保険適用状況は一部考慮しないこととしたため、この点に留意されたい。

臓器横断的Precision Medicine の波は次々と押し寄せてくる。先駆け審査指定制度対象品目、希少疾病用医薬品の指定を受けたROS1/TRK 阻害剤エヌトレクチニブがNTRK 融合遺伝子陽性の固形がん患者を対象疾患として2018年12月に承認申請されている。そう遠くない将来、本ガイドラインは、『臓器横断的Precision Medicine 実践のための診断および治療に関するガイドライン(仮称)』に進化を遂げるであろう。

頻度は(極めて)低いが、確実に効く薬がある患者をどのように同定し最適な時期に最適な治療を届けるか、これを実践することが腫瘍医の使命と言えよう。本ガイドラインは、臨床現場において珠玉の逸品となるものと信じている。

最後に、このような機会を与えてくださった日本癌治療学会、卓越した専門性を発揮いただいたすべての作成委員にまずは感謝したい。日本臨床腫瘍学会の協力にも御礼申し上げる。

『ミスマッチ修復機能欠損固形がんに対する診断および免疫チェックポイント阻害薬を
用いた診療に関する暫定的臨床提言』第1版作成ワーキンググループ 委員長
国立がん研究センター東病院 消化管内科
吉野 孝之