発刊にあたって

日本癌治療学会は領域、職種横断的ながん医療関連学術団体として、各種専門領域学会では取り組みにくい臓器横断的課題に積極的に着手して参りました。今回の取り組みも私共が行ってきました臓器横断的な診療ガイドラインの策定の一環として日本癌治療学会ガイドライン作成・改訂委員会小寺泰弘委員長が中心となって推進して参りました。

2015年1月30日、当時のアメリカ合衆国大統領オバマ氏が一般教書演説のなかで提唱した「プレシジョン・メディシン・イニシアティブ(Precision Medicine Initiative)」は、瞬く間に一世を風靡し、次世代の医療のあるべき姿の一つの重要な方向性として認識されるようになりました。プレシジョン・メディシン(精密医療)の概念は、これまで平均的な患者向けにデザインされていた治療を、遺伝子、環境、ライフスタイルに関する個々人の違いを考慮して、最適な疾病の予防や治療法を確立することを意味しています。「がんゲノム医療」は、その中で最も臨床実装が進んでいる分野であり、遺伝子の変異を指標に、臓器の枠を超えて治療法を模索していく時代が到来しつつあります。

近年、次世代シーケンサー等の新規技術を用いて複数の遺伝子を同時に調べる遺伝子パネル検査の導入が始まったことで、二次的所見として遺伝性腫瘍症候群の保因者であることが一定の割合で判明することが報告されており、その中の重要な疾患の一つに、リンチ症候群が挙げられます。また、2018年12月には、コンパニオン診断としてMSI(マイクロサテライト不安定性)検査が承認されたことで、リンチ症候群疑いの患者が多く発見されることが予想されます。リンチ症候群は、これまで、一般的にはMMR(ミスマッチリペア)関連遺伝子である、MLH1, MSH2, MSH6, PMS2 の蛋白発現消失を免疫染色で判定することで診断が行われてきており、主に家族性に発症する大腸癌患者に対して検査が行われてきました。しかし、遺伝子検査の実施数が増えてきた今日では、子宮内膜癌など、他の癌腫においてもリンチ症候群の患者が同定されるようになり、診療科横断的な診断基準の策定が必要になって参りました。そこで、本委員会においては、それぞれの領域の専門家が集まり、現実的に実施可能なレベルでの診断基準の策定に取り組むこととなりました。この臨床提言が、今後本格的に社会実装されるがんゲノム医療において、最適な治療薬の選定と、適切な遺伝カウンセリングを行う一助となることを期待しております。最後に本臨床提言の策定にあたり、多大なるご尽力くださった吉野孝之委員長をはじめ各関連学会からご参画いただいた委員の皆様に心から感謝を申し上げます。

日本癌治療学会 理事長
慶應義塾大学医学部 外科学(一般・消化器)
北川 雄光