3. リンチ症候群

リンチ症候群は、MMR 遺伝子の生殖細胞系列における病的バリアントを原因とする常染色体優性遺伝性疾患である。欧米の報告では全大腸がんの2-4%と稀な疾患ではあるが、患者および家系内に大腸がん・子宮内膜がんをはじめ、様々な悪性腫瘍が発生する(表10)ことから、その診断は臨床的に重要である。

リンチ症候群ではMMR 遺伝子の片方のアレルに生殖細胞系列の病的バリアントを有している。後天的にもう片方の野生型アレルに機能喪失型の変化(プロモーター領域のメチル化を含む)が加わるとMMR 機能が損なわれ、がん化に関与すると考えられる。

本邦では、臨床情報にてアムステルダム基準Ⅱ(別添 表1)または改訂ベセスダガイドライン(別添 表2)を満たした場合、第2 次スクリーニングとしてMSI 検査やIHC 検査が推奨されている(別添 図1)。欧米ではリンチ症候群を疑う所見を考慮せずに全て(あるいは70 歳以下)の大腸がんや子宮内膜がんに対してMSI 検査やIHC 検査を実施する、ユニバーサル・スクリーニングが提唱されている。

MSI 検査、IHC 検査によりリンチ症候群が疑われた場合、確定診断としてMMR 遺伝子の遺伝学的検査を考慮する。遺伝学的検査を実施する場合には、検査の対象者(患者・血縁者)を適切に選別し、遺伝学的検査の前後に遺伝カウンセリングを行う事が推奨される。現在の遺伝学的検査では検出できないような遺伝子変化がある場合リンチ症候群と確定できない症例もあり、結果の解釈は慎重に行わなければならない。

【注釈 dMMR 判定検査でdMMR と判断された患者にBRAF 遺伝子検査の有用性】

散発性大腸がんでdMMR を示す主な原因は、MLH1 遺伝子のプロモーター領域の後天的な異常メチル化であり、このようながんでは免疫染色でMLH1/PMS2 タンパク質の発現消失を認める。また、MSI-H を示す大腸がんの35–43%にBRAF V600E を認めるが 15)、リンチ症候群の大腸がんではMSI-H を示しても、BRAF V600E はほとんど認めない 9)。従って、大腸がん診療ではdMMR 判定検査でMSI-H またはMLH1/PMS2 発現消失を示した場合、BRAF V600E の有無を確認することで、リンチ症候群か散発性大腸がんであるのか鑑別の一助となる 56)。ただし、PMS2 遺伝子が原因のリンチ症候群においては、発症した大腸がんの一部にBRAF V600E を認めることが報告されており注意が必要である。また、大腸がん以外の固形がんではBRAF V600Eによる鑑別の有用性は報告されていない。

表10. リンチ症候群における関連腫瘍の累積発生率(「遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2016年版」より一部改変*)

種類 累積発生率
大腸がん 54–74%(男性)、30–52%(女性)
子宮内膜がん 28–60%
胃がん 5.8–13%
卵巣がん 6.1–13.5%
小腸がん 2.5–4.3%
胆道がん 1.4–2.0%
膵がん 0.4–3.7%
腎盂・尿管がん 3.2–8.4%
脳腫瘍 2.1–3.7%
皮脂腺腫瘍 1–9%*

備考;リンチ症候群ならびに遺伝性腫瘍に関する情報については、以下を参照のこと。
「大腸がん診療における遺伝子関連検査のガイダンス 第3 版2016年11月」日本臨床腫瘍学会 編
「遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2016年版」大腸癌研究会 編
「マイクロサテライト不安定性(MSI)検査について」家族性腫瘍学会 編
「遺伝性腫瘍e-Learning」ePrecision Medicine Japan
https://www.e-precisionmedicine.com/familial-tumors